チェルシーFCのFFP違反の可能性
記事の内容
トッド・ボウリー率いるコンソーシアムがチェルシーを買収してから2回の移籍ウィンドウを経ました。ピッチ上では散々でしたがピッチ外の暴れっぷりは凄かったです💦
オーナー資金による選手補強はそもそもFFP規則 (Financial Fair Play Regulations) によって制限されています。チェルシーはFFPに違反していないのでしょうか? 仮に違反しているとしたら2023年夏の移籍市場にどのような影響があるでしょう? この記事では最新の財務諸表をもとにチェルシーのFFP違反の可能性について考察してみます*1。
本記事での用語の定義
チェルシーはUEFAとプレミアリーグの財務規則に従う必要があります。規則の概要は必要に応じて解説しますが、より詳細な内容に興味がある方は以下の記事をご覧ください。
FFP違反の可能性を論じるにあたり、この記事ではFFPという単語を財務条件を課す仕組みの総称として用います。具体の規則は以下の略称で呼びます。
- UEFA-FFP:2011年に導入された UEFA Club Licensing and Financial Fair Play Regulations
- UEFA-FSR:UEFA-FFPに代わる仕組みとして2022年6月に導入された UEFA Club Licensing and Financial Sustainability Regulations
- FFP-BreakEven:UEFA-FFPがUEFA大会出場クラブに課す3シーズンの累積赤字額に関する規制(この規制がFFPと呼ばれることが多い)
- FSR-Stability:UEFA-FSRが UEFA大会出場クラブに課す3シーズンの累積赤字額に関する規制(FFP-BreakEvenの後継ルール)
- FSR-CostControl:UEFA-FSRで新たに導入された一暦年の総人件費総収入比率に関する規制(いわゆるサラリーキャップ規制)
- PL-FFP:Profitability and Sustainability Rule と呼ばれるプレミアリーグが導入している3シーズンの累積赤字額に関する規制
1.新生チェルシーの選手補強
チェルシーの選手補強がどれくらい桁違いであったかを数字とともに簡単に振り返っておきましょう。
下の表は今シーズンの移籍収支(欧州上位20クラブ)です。チェルシーの選手獲得が桁違いであったことが分かります。
下の表はアブラモビッチがオーナーになった時の移籍収支です*2。フットボール界のマネー競争の幕が開けた瞬間でしたが、上の表と見比べれば、今シーズンのチェルシーも負けず劣らずの大型補強であったことが分かります。
2.2021/22の損益計算書
最新の2021/22シーズンの財務諸表をもとにチェルシーの経営状態について確認しておきましょう。
(1)損益の推移
過去4シーズンの損益は下の表のとおりです。うち3シーズンで税引き前損失が100Mポンドを超えています*3。新体制移行後の大型補強が注目を浴びてますが、パンデミックの影響もあり、それ以前から厳しい経営状況にあったことが分かります。
先月、エバートンがPL-FFPに違反した疑いでプレミアリーグに起訴されました。同クラブの過去4シーズンの損益は下の表の通りです。2021/22 はリシャルリソンの駆け込み売却もあり多少は持ち直しましたが、プレミアリーグの歴史の中でもワースト5, 10, 11位の赤字額を 2018/19-2020/21 に記録しています。チェルシーはエバートンより多少ましとはいえ、安心できないことが分かります。
(2)収益の推移
チェルシーの営業収益のうち、マッチデイ収入とスポンサー・コマーシャル収入はパンデミック前の 2018/19 の水準に回復しています。放映権収入は波打っていて少し分かりにくいのですが過去最高を記録した2020/21*4 に次ぐ数字となっており、順調そのものと言えます。
投資収益に目を向けるとアカデミー出身の若手選手*5の売却により123Mポンドの選手売却益を記録しています。過去10シーズンの選手売却益は平均70Mポンド(最小:14Mポンド、最大:143Mポンド)なので、2021/22 は例年以上に積極的な選手売却を行いました。
下の図はプレミア・リーグのビッグ6との収益の比較です。スタンフォード・ブリッジの収容人数が少なく、マッチデイ収入はユナイテッド・スパーズ・リバプールに見劣りします。商業収益もマンチェスター両雄やリバプールよりかなり少ないです。しかし、チェルシーのビジネスモデルは選手売却益で大きく稼ぐものです。2021/22シーズンの総収益はシティにこそ劣りますが、リバプールやユナイテッドとほぼ同水準でした。
(3)費用の推移
2020年夏に大型補強を行ったことで*6、給与と選手登録権の減価償却費が大きく増加しました。これが過去2シーズンの巨大な赤字の原因となっています。その他の支出も観客がスタジアムに戻ったことで、パンデミック前の 2018/19 とほぼ同じ水準に戻りました。
2021/22 の決算で一番特徴的なのは減損損失(Player impairment)を77Mポンドと大きく積んだことです。2022年夏の時点でのルカクの選手登録権の簿価とほぼ等しい金額なので、ルカクの移籍金を前倒しして償却したのでしょう*7。
契約が満了する2026年夏まで毎年20Mポンドの減価償却費が発生するはずだったのが、減損処理により今後はゼロになります。さらに、途中で二束三文で売却しも売却損ではなく売却益を計上できます*8。
2021/22 の決算では特別損失として18Mポンドを計上しています。財務諸表には法務費用と書かれているだけなので詳細は分かりません。2018/19 には特別損失として27Mポンドを計上しています。こちらは裁判に発展したコンテ元監督の解任違約金です*9,*10。勘の鋭い方であればお気づきでしょうが、2022/23 は非常に大きな特別損失を計上すると予想されます。トゥヘルとポッターの違約金を計上する必要があるからです。加えて、ポッターをブライトンから引き抜く際に支払った21.5Mポンドの契約解除金も費用として計上する必要があります*11。
コラム:損益予想の難しさ
2021/22 の財務諸表が発表される前に、フットボール・ファイナンスに関する情報発信で有名なブロガーである Swiss Ramble 氏が 2021/22 の損益について予想しています。損益予想の難しさを知るため、両者を簡単に比較してみましょう。
2021/22シーズンの損益の予想と実績
表より、給与と減価償却費は精度よく予想できていたことが分かります。移籍金や給与のまとめサイトの情報を元に、選手の加入・退団や契約延長による影響(差分)を計算できます。選手売却益については40Mポンド弱の乖離があります。 乖離の原因は不明です*12。移籍情報が分かっていても売却益の正確な試算が難しいことが分かります。特別損失や減損損失ともなると予想の立てようがありません。FFP 違反を回避するために「誰と誰をいくらで売って・・・」といった議論が不毛であることが分かります。
3.FFP違反の可能性
2022/23 から 2024/25 の間に UEFA-FSR と PL-FFP に対する違反を問われる可能性について考えてみましょう。
*1:フットボール・ファイナンスの界隈で有名なブロガーのSwiss Ramble氏もチェルシーのFFP違反の可能性について解説されていますが、本記事は、1) 最新の2021/22シーズンの財務諸表を反映している点と、2) UEFA-FFPからUEFA-FSRへの移行措置を正しく反映している点で、より正確な試算となっています。
*2:2003年にクレスポ・D.ダフ・ヴェロン・マケレレ・ムトゥ・J.コール・パーカー(冬) らを一気に獲得。翌2004年にはモウリーニョを招聘してドログバ・カルバーリョ・フェレイラ・ロッベン・T.メンデス・チェフ・ケジュマンらを補強しました。
*3:プレミアリーグの歴史の中でもワースト2, 8, 12位の赤字額です
*4:2019/20 の延期試合分の収益とCLの優勝賞金を含んでいる特殊なシーズンです
*5:エイブラハム・ズマ・トモリ・グエイ
*6:ハヴァーツ・ヴェルナー・チルウェル・ツィエク・メンディ・T. シウヴァらが加入
*7:ルカクの処遇をめぐってはオーナーのT.ボーリーと前ディレクターのM.グラフスカヤらの意見が衝突したとも報じられました
*8:2021/22 の損益を悪化させますが2022/23 以降の損益を改善します。損益の発生タイミングをずらすことで短期的にFFP回避に役立つ場合があります。ただし、損益の発生タイミングをずらしているだけなので、長期的な効果については均せば平らとも言えます。若手との長期契約による減価償却費の希薄化についても同じことが言えます。
*9:過去最高の違約金額といわれています
*10:2020/21 にも24Mポンドの特別損失を計上していますが、こちらは法務費用でランパード元監督の解任違約金ではないそうです。
*11:契約解除金は本来は契約期間に応じて減価償却費として計上しますが、解任したことで 2022/23 に一括して計上する必要が生じました。
*12:一般にアドオン部分を含まないTransfermarkt の移籍金情報を利用しているのでアドオン部分の処理が一番可能性がありそうです。