2023夏にバルサは再び危機に陥る?

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バルセロナのCLグループステージ敗退が決定しました。計4個のレバーを引いてレバンドフスキらを獲得して臨んだだけにショッキングな結果と言わざるをえません。ピッチ上の成功を通じて全ての問題の解決を図る "The Virtuous Circle" が早速頓挫する危機を迎えています。

約1ヶ月前にソシオ総会(AGM)が開催され、2021/22シーズン決算と2022/23シーズン予算が承認されました。バルセロナを苦しめている最大の要因は巨額の負債ですが、ラリーガが導入しているサラリーキャップ(ラリーガFFP)もクラブ経営と移籍市場での立ち回りを厳しく制限しています。

この記事では、昨シーズンの決算とラリーガFFPの仕組みを照らし合わせながら、2023夏にバルセロナがどのような状態に追い込まれるか、粗々ではありますが試算してみたいと思います。

 

1.2021/22シーズンの決算

最初に2021/22シーズンの決算を確認しましょう。図1はパンデミックの影響のない2018/19シーズンから最新の2021/22シーズンまでの収益の推移です。

図1 収益の推移

 

2021/22シーズンをみて真っ先に目につくのがOTHERの344Mユーロです。放映権10パーセントの売却益(第一のレバー,266Mユーロ)によるものです。昨シーズンはスタジアムに観客が戻ったことで前シーズンより100MユーロほどSTADIUMが増加しました。その一方でMEDIAやSALESが前年より減っています。選手売却益もパンデミック前の半分以下に留まっています。

図2は2021/22シーズンの予算と決算の比較です。MEDIAとSALESが当初の想定を下回っています。2021/22シーズンのMEDIAは(2020/21シーズンが2019/20シーズンの中断の影響で嵩増しされていたため)元から減収が見込まれていましたが、CLのグループステージ敗退により予算を22Mユーロも割り込んでしまいました。SALESも前年より増収を期待していたにも関わらず減収となりました。メッシの退団や新規スポンサー獲得に失敗した影響でしょうか?

図2 2021/22シーズンの予算と決算(収益)

 

図3は2018/19シーズンから2021/22シーズンまでの費用の推移です。2021/22シーズンの内訳より以下の3点が分かります。

  • スポーツ部門の人件費(給与+減価償却費)が99Mユーロ減少している。メッシの退団が大きな要因。

  • 運営支出が43Mユーロ増加している。スタジアムに観客が戻り試合の開催費用が増加したのが原因。

  • OTHERが233Mユーロ減少している。前シーズンに一過性の費用(一部選手の減損や法務費用の引当)を大きく積み上げたのが原因。

図3 費用の推移

 

図3からは、人件費削減に成功しているように見えます。しかし実態はまったく異なります。図4は2021/22シーズンの予算と決算の比較です。スポーツ部門の人件費が予算額を48Mユーロも超過しています。後で見るとおり、2022/23シーズンはコロナ禍で支払い延期していたベテラン選手のサラリーが大きく増加します。2022/23シーズンの人件費は2019/20シーズンのそれを上回る見込みで、人件費削減はバルセロナにとって喫緊の課題といえます。

図4 2021/22シーズンの予算と決算(費用)

 

2.2022/23シーズンの予算

次に今シーズンの予算(収益)を見てみましょう。内訳より以下の点が分かります。

  • STADIUMは約50パーセントの増加の見込み。コロナ禍前の2019/20シーズンとほぼ同程度の収入です。観客数の制限がなくなり、さらに積極補強の効果もあり、今季はカンプノウに観客が戻ってきています。シーズン通して好調を維持し、引き続きファンを集められるでしょうか。

  • MEDIA収入は12Mユーロの微減の見込み。国内放映権収入25パーセントを売却しましたが、それがなければ前シーズンより30Mユーロの増収となる数字です。CLベスト8進出を想定して弾き出した数字なのでグループステージ敗退によりMEDIA収入は予算額を大きく下回りそうです。

  • SALES収入は87Mユーロの増収を見込んでいます。2018/19シーズンとほぼ同じ数字です。昨シーズンは従前よりかなり低い金額で胸スポンサーの楽天と1年の契約延長をしていたので、SPOTIFYとの新規契約により今シーズンは大きく増えます。加えて観客数の増加によるグッズ販売の増収なども見込んでいるようです。

  • OTHERには選手売却益も含まれますが基本的には第2のレバーの効果です。レバーが収益を大きく押し上げていることが見て取れます。

図5 2022/23シーズンの予算(収益)

 

費用の内訳より以下の2点が分かります。

  • 人件費が143Mユーロも増加。2022夏に積極的な選手補強を行ったのに加え、ブスケツ・ピケ・アルバ・シュテーゲン・デヨングらのサラリーが大幅に増加するためです。

  • 運営支出が61Mユーロ増加。カンプノウの改修工事を一部開始しながら施設を利用することによる追加費用が費用増の大きな要因です。

図6 2022/23シーズンの予算(費用)

 

2023夏にバルセロナが置かれる状況を考えるうえで一番重要なのが人件費です。2015/16以降の人件費と収益、人件費収益比率の推移は図7の通りです。

図7 人件費収益比率の推移

 

ネイマールが移籍してデンベレやコウチーニョを獲得した2017/18シーズンに人件費が大幅に増加しています。2020/21シーズンにはパンデミックにより人件費収益比率が98パーセントまで急騰しました。2021/22シーズンと2022/23シーズンはレバーの効果により人件費収益比率は50パーセントまで低下しました。しかし、営業収益は2022/23シーズンの予算でも2019/20シーズンの水準に戻っておらず、人件費は同シーズンを超過しています。かなり厳しい状況にあると言えるでしょう。

2023/24シーズンからUEFA-FSRによる Squad Cost Control 規制がはじまります。総収益に占める人件費が、2023暦年は収益の90パーセント、2024暦年は80パーセント、2025暦年以降は70パーセントと制限されます。人件費収益率が74パーセントであった2019/20シーズンの決算と2022/23シーズンの予算を比較すると、営業収益が少ないのに人件費は上回っています。バルセロナは収益の回復と同時に人件費の圧縮を進めていく必要があります。

 

3.ラリーガFFP

2021/22シーズンのバルセロナのスカッドコストの上限は衝撃のマイナス144Mユーロ (2022.2時点) でした。苦境を打開するためにバルセロナが引いたのが4つのレバーです。2022/23シーズンのSCLは656Mユーロ(2022.9)へとV字回復し、レバンドフスキらの大型補強につながりました。

バルセロナが2023夏に置かれうる状況を予想する上で、ラリーガFFPの存在は無視できません。以下ではラリーガFFPの概要とバルセロナのスカッドコスト上限のV字回復のメカニズムについて、数字を用いながら説明します。ラリーガFFPの詳細については以下の記事をご覧ください。

 

スカッドコストの管理

ラリーガFFPはスカッドコストをスカッドコスト上限以下に抑えることを各クラブに要求します。違反する場合には新たな選手と契約したり在籍選手と契約延長を行っても選手登録が原則認められないという意味で、拘束力の強いルールといえます。

スカッドコスト(SCはトップチームの総人件費のことです。選手や監督に支払う給与・ボーナス・肖像権対価と選手登録権(いわゆる移籍金)の減価償却費の合計として定義されます。

ラリーガは、シーズン開始前に各クラブが提出した予算計画に基づき、収支が赤字にならないスカッドコスト上限(SCLを決定してクラブに通告します。細かい説明は省略しますがシーズンTのSCLは図8のとおり決まります。

図8 SCLの計算ルール

 

レバーを引かなかった場合

2022年のバルセロナのSCLがマイナスになった理由は図9の上段の通りです。レバーを引かなかった場合の2021/22シーズンの損益は図9の中段を用いて120Mユーロの赤字と試算されます。同様に2022/23シーズンのSCLは図9の下段を用いてマイナス350Mユーロと試算されます。

図9 レバーを引かなかった場合

 

補足:図9の計算方法

レバーを引かなかった場合の2021/22シーズンの損益は図9の中段により試算できます。2021/22シーズン決算によると、レバーを引かなかった場合の収益は750Mユーロ、SCは518Mユーロ、SC以外の費用は350Mユーロ( ≒ 59 + 182 + 97)でした。これらの数字を代入すると、2021/22シーズンの税引き前利益は120Mユーロ(= 750 - 518 - 350)程度の赤字になっていたと試算できます。

レバーを引かなかった場合の2022/23シーズンのSCLは図9の下段により試算できます。同シーズン予算で計上されているSTADIUM収入・MEDIA収入・SALES収入の合計772Mユーロ( = 201 + 239 + 332 )に、移籍金収益40Mユーロ(推定値)と放映権収入の減少額40Mユーロを足し合わせると、予想収益が850Mユーロ( ≒ 772 + 40 + 40)と試算できます。そこからSC以外の費用410Mユーロ( ≒ 61 + 243 + 104)と2021/22シーズンの赤字120Mユーロ(税引き前)、2021/22シーズンのSC超過ペナルティ660Mユーロ( ≒ 518 - ( -144) )を差し引きます。その結果、2022/23シーズンのSCLはマイナス350Mユーロ( = 850 - 410 - 120 - 660 )程度になっていたと試算できます。

 

 

レバー1の効果

バルセロナは2021/22シーズンの会計年度内にレバー1を引いて267Mユーロの放映権売却益を生み出しました。レバー1は、1) 2021/22シーズンの赤字から黒字への転換、2) 2021/22シーズンのSCL超過ペナルティの減少、3) 2022/23シーズンの放映権収入の減少、という3つの経路を通じて2022/23シーズンのSCLを変化させました。図10と2022/23シーズンの予算を用いてレバーを引かなかった場合と同様の計算を行うことで、レバー1のみを引いた場合の2022/23シーズンのSCLは約160Mユーロであったと試算できます。

図10 レバー1の効果

 

レバー2からレバー4の効果

計算の詳細は省略しますが、図11を用いてレバー2からレバー4を引いた後の2022/23シーズンのSCLを計算すると740Mユーロと試算できます。

図11 レバー2からレバー4の効果

 

補足:図11の計算

2022/23シーズンの予算において収益は1255Mユーロと見込まれています。放映権収入15パーセントの売却益(第2レバー)は含まれていますが、Barca Studios の売却益(第3&4レバー)は含まれていません。Barca Studios の売却益200Mユーロと2021/22シーズンの決算で報告された黒字98Mユーロ(税引き後)を加えると図11の上段は1,550Mユーロ( ≒ 1,255 + 200 + 98)と試算されます。一方、下段はSC以外の費用410Mユーロと2021/22シーズンのSC超過ペナルティ400Mユーロ( ≒ 518 - ( -144 + 267) )の合計810Mユーロと試算されます。結果として、2022/23シーズンのSCLが740Mユーロと試算されます。

 

上記の試算結果は、ラリーガが2022年9月に公表した656Mユーロという数字とは約80Mユーロの乖離があります。乖離の理由としては以下が考えられます。

  1. 夏の移籍市場が終わる前に組まれた2022/23シーズン予算を用いて試算している(ラリーガは移籍市場が閉じた後にSCLを計算している)

  2. Barca Studio 経営権売却(レバー3とレバー4)の効果を最大金額で見積もっている

  3. レバー1とレバー2の効果を、バルセロナが主張する売却益の数字で見積もっている(バルセロナはレバー2まで引けば今夏の移籍オペレーションを全て終えられると考えていましたが、ラリーガの見解と対立してレバー3&4を引く羽目になりました)

80Mユーロの乖離は小さくないですが、上記の試算によりV字回復のメカニズムはほぼ説明できました。SCLの計算において4つのレバーを会計的にどのような処理を行ったのかは外部の人間には分かりません。次節では、上記の試算方法が正しいと仮定した上で、バルセロナが2023夏にどのような状況に追い込まれるのか考えてみたいと思います。

 

4.2023/24シーズンのSCL

2023夏の移籍オペレーションを制約するのは2023/24シーズンのSCLです。同シーズンのSCLの試算にあたり次の3つの仮定を置きます。

  1. 2023/24シーズンの予想収益(STADIUM, MEDIA, SALES)と費用(NON SPORTING SALARIES, MANAGEMENT COSTS, OTHERS)は2022/23シーズンの予算と等しい

  2. 2023/24シーズンの予想収益(TRANSFER AND LOANS)は50Mユーロである(直前3シーズンとほぼ同水準)

  3. 2022/23シーズンの実現利益は同シーズンの予想利益と等しい

以上の仮定のもと図12を用いて2023/24シーズンのSCLを計算すると689Mユーロという数字が弾き出されます。

図12 2023/24シーズンのSCLの試算

 

スポーツ部門の人件費が2022/23シーズンの予算と同じ656MユーロであればSCL以下に収まるので、25パーセントルールを再び適用されずに済みます。しかし、ことはそう単純ではありません。

CLグループステージ敗退により2022/23シーズンのMEDIA収入は20-30Mユーロほど減収になると予想されます。グリーズマン売却で見込んでいた40Mユーロの移籍金収入も20Mユーロに減額となります。これらの要因により2022/23シーズンの黒字が40Mユーロから50Mユーロほど減少します。さらに2023/24シーズンはカンプノウ改修工事のため収容観客数が5-6割の代替施設での開催となります。これによりSTADIUM収入も2-4割ほど減少するでしょう。ここであげた要因だけでバルセロナのSCLを100Mユーロ前後、押し下げる要因になります。新たなレバーを引いたり選手放出により高額の売却益を上げないと再び25%ルールの適用対象になる可能性があります。

さらに長期的な観点で見ると、2023夏を乗り切れたとしても、このままだと2024夏にはレバーが生み出す利益が消え、代わりに2023/24シーズンの赤字が加わります。その場合、800-900Mユーロの収益からSC以外の費用400Mユーロと2023/24シーズンの赤字額を引いた300-400MユーロがSCLとなります。クラブにとって負担の大きいブスケツやピケが近いうちに退団するので人件費もある程度は圧縮されるでしょう。しかし、戦略的な視点に立って人件費を圧縮しない限り、毎年100-200Mユーロの赤字を出す現在の財務体質はなかなか改善しないでしょう。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。