ファイナンシャル・フェア・プレー :UEFA、プレミア、ラリーガ

混乱を招くFFP

マンチェスター・シティ、ユベントス、バルセロナ、エバートン・・・

この半年だけでもピッチ上ではなくピッチ外、なかでもクラブ経営に深くかかわる問題が多数発生しました。そこで必ず登場するのがFFPというパワーワード。

FFPは2011年にUEFAが導入したファイナンシャル・フェア・プレー規則(Financial Fair Play Regulations)に由来します。実はFFPの名を冠する規則は今では存在しません。UEFAが2022年に規則を改正し、その際に名称も変更したからです。ただし、FFPの名称が広く普及してしまったため、改正後の規則はいまでもFFPと呼ばれることが多いです。加えて、プレミア・リーグやラリーガが独自に導入している財務規則もFFPと呼ばれることが多いです。結果としてFFPをめぐり様々な誤解が生じています。

記事の内容

この記事では UEFA・プレミアリーグ・ラリーガがそれぞれ導入している仕組みの共通点と相違点を比較しながら、フットボール・クラブの財務規則としてのFFPについて解説します。複数の仕組みを横断的にとらえることでFFPに対する理解を試みる点で他とは異なるユニークな記事になっています。

 

 

1.そもそもFFPとは?

FFPの由来

リーマン・ショックによる経営危機や、チェルシー、マンチェスター・シティといった異質なプレイヤーに対処するため、 UEFAは2011年に UEFA Club Licensing and Financial Fair Play Regulations (CLFFP) を定めました。UEFA大会出場クラブのライセンスと遵守すべき財務条件を定めた規則です。

CLFFPは2つの財務的要件をクラブに課します。1つは未払金ゼロ要件 、もう1つがブレイク・イーブン要件です。前者は文字通りの意味です。後者は ”過去3シーズンの累積赤字額が30Mポンド以下であること” を要求します。オーナー資金頼りの慢性的な赤字経営の撲滅を目的としています。

UEFAは未払金ゼロ要件もしくはブレイク・イーブン要件に違反したクラブに罰則を科すことができます。罰則は軽いもので注意やけん責、重いものだとUEFA大会への出場禁止、タイトル・賞金のはく奪になります。ただし、UEFAが重い罰則を直ちに科すとは限りません。違反の内容にもよりますが「クラブと協議して経営改善計画を含む和解協定を締結し、中間・最終目標を達成できなかった場合に重い罰則を科す」という手順を踏むのが一般的です。

メディアがFFPという場合、以前はブレイク・イーブン要件を指すことが多かったです。しかし、冒頭でも述べたとおり、現在ではFFPという用語が財務条件を課す仕組みの総称として用いられる場合もあれば、プレミア・リーグやラリーガが独自に導入している仕組みを指す場合もあります。用語の曖昧な定義は混乱の原因なので、この記事では財務条件を課す仕組みの総称としてFFPという言葉を用います。CLFFPはUEFA-FFP、ブレイク・イーブン要件はFFP-BreakEven、プレミア・リーグ/ラリーガが導入している仕組みはPL-FFPLaLiga-FFPとそれぞれ呼ぶことにします。

 

FSRへの改正

UEFA-FFPは一定の成果をあげたのですがフットボール・ビジネスをとりまく環境変化もあり見直しが求められました。その結果、UEFA-FFPは UEFA Club Licensing and Financial Sustainability Regulations (CLFSR) へと改正されました(2022年4月)。CLFSRはクラブの財務的な持続可能性を担保する手段として次の3つを用意しています。

  • ソルベンシー 
  • 安定性
  • コスト・コントロール

これ以降、CLFSRを UEFA-FSR、安定性とコスト・コントロールを FSR-StabilityFSR-CostControl と呼ぶことにします。

UEFA-FFPとUEF-FSRの対応関係

 

ソルベンシーはUEFA-FFPの未払金ゼロ要件とほぼ同じです。FSR-StabilityはFFP-BreakEvenに対応します。枠組みはほぼ同じですが累積赤字額の上限が30Mユーロから90Mユーロへと大きく緩和されました。

FSR-CostControlは今回の改正で新たに導入されたルールです。各クラブは1年間(暦年)の総人件費(給与と移籍金償却費の合計)を総収益(売上高と選手売却益の合計)の70%以下に抑える必要があります。いわゆるサラリー・キャップ規則です。FSR-CostControlでは違反の程度と回数に応じた罰金が科されます*1。違反を繰り返すと金額が増え、さらに重度の場合にはUEFA大会出場禁止処分などの重い処分を科される可能性があります。

FSR-CostControlに違反した場合の罰金額

 

UEFA-FSRの運用は昨年6月から既に始まっていますが現在は移行期間中です。新規則に完全移行するのは2025/26シーズンです。

 

プレミア・リーグのFFP

UEFA とは別にプレミア・リーグも独自にProfitability and Sustainability Rule (PL-FFP) を導入しています。枠組みはFFP-BreakEven/FSR-Stabilityとほぼ同じですが基準が緩いです。UEFAが3年間で最大30mユーロ/最大90mユーロの赤字を許容するのに対し、PL-FFPでは最大105mポンドの赤字を許容します。

 

ラリーガのFFP

ラリーガもEconomic Cost Control (LaLiga-FFP) と呼ばれる独自の仕組みを導入しています。LaLiga-FFPの趣旨はクラブの赤字経営を未然に防ぐことにあります。ラリーガは、クラブ毎に損益が赤字にならない総人件費の上限(Squad Cost Limit)を新シーズンの収益や費用の予測値にもとづいて算定します。その上で総人件費を上限以下に常に保つことを各クラブに対して要求します。

総人件費の上限の算定方法

 

LaLiga-FFPはFSR-CostControlと同じくサラリー・キャップを課す仕組みです。ただし、FSR-CostControlが違反クラブに事後的に罰金を科すのに対し、LaLiga-FFPでは上限を超える場合には選手登録を原則認めないという厳しい制限を課します*2。LaLiga-FFPはNFL/NHLが採用するハードキャップ、FSR-CostControlのはNBA/MLBが採用するソフトキャップに分類できます。

 

2.キャッシュフローではなく損益!

さまざまなFFPの仕組みがあることを見てきましたが、いずれもキャッシュフロー(C/F)ではなく損益(P/L)に着目します。キャッシュフローと損益の混同はFFPに対する誤解の大きな原因です。少し長くなりますが両者の違いについて解説します。”そんなの分かっている” という方は3.まで読み飛ばしてください。

選手の移籍金の処理

あるクラブがシーズンTの夏の移籍ウィンドウで選手Aを移籍金50Mユーロで獲得、年俸10Mユーロの5年契約を結んだとしましょう。移籍金は一括で支払うとします。この場合、シーズンTに移籍金と年俸の合計60Mユーロがクラブの財布から出ていきます。翌シーズン以降は年俸の10Mユーロが出ていきます。これがキャッシュのアウトフローです。

選手を一括払いで獲得する場合


一方、FFP ではキャッシュフローではなく損益に注目します。損益はクラブの経営状態を正確に把握するための会計上の概念です。収益と費用の差である利益/損失を意味します。次が重要なポイントですが、収益と費用はキャッシュのインフローとアウトフローに必ずしも一致しません。費用収益対応原則という会計上の基本原則に従って収益と費用が対応するように計上します。

損益とキャッシュフローが乖離する大きな要因は移籍金の処理です。移籍金は ”複数シーズンにわたって選手と契約するために必要な支出” です。そのため、獲得したシーズンに一括計上するのではなく、減価償却費として契約期間内に配分して計上します。期間配分の方法はいくつかありますが、契約期間内に均等配分する方法が用いられることが多いです。上の例でいえば、各シーズンに減価償却費として10Mユーロ(= 50Mユーロ÷5)を計上します。選手Aとの契約による毎年の人件費は表に示したとおり年俸と減価償却費の合計である20Mユーロになります。

上記の会計処理と連動して、移籍金を支払って取得した選手登録権を契約満了に向けて価値が徐々に減っていく無形固定資産として扱います。具体的には資産価値から減価償却費を毎年控除します。表の最下段はシーズン終了時点における選手登録権の資産価値(簿価)を表します。

コラム:損益を見る必要性

企業の価値は突き詰めるとカネを生み出すかどうかで決まります。長い目で見て入ってくるカネ(キャッシュ・インフロー)が出ていくカネ(キャッシュ・アウトフロー)より多ければ利益を生み出す企業、すなわち価値のある企業です*3。カネの出入りがキャッシュフローです。

ただし 単年度のキャッシュフローでは企業の経営状況を正しく捉えられません。例えばマクドナルドが新規店舗を多数開店したとしましょう。設備投資のためにカネが前年度より多く出ていきます。しかし、その場合に前年度より経営状態が悪化したとかライバル企業と比べて業績が悪化したといえるでしょうか。そんなことはないですよね。新規店舗の開店はその後の収益を増やすための投資だからです。

企業会計では経営状態の時点間比較や企業間比較を容易にするため、費用収益対応原則に従って収益と費用を対応づけて計上します。そのために行われる会計処理の一つが減価償却です。設備投資にともなう支出であれば、設備の耐用年数に応じて収益の発生期間に費用を配分し、減価償却費を毎年計上します。

 

移籍金の分割払い

違う例をいくつか見てみましょう。まずは、移籍金の分割払いのケースです。移籍金額や契約期間、年俸は上の例と同じとしましょう。この場合、移籍金の分割払いと選手Aに支払う年俸の合計20Mユーロが毎年財布から出ていきます。これがキャッシュのアウトフローです。

一方、人件費と資産価値(簿価)については、移籍金を一括で支払う場合とまったく同じように処理します。相手クラブとの取引が成立した時点で50Mユーロの選手登録権を取得する一方で、相手クラブに対する債務が発生したと考えます。繰り返しになりますが、FFP はキャッシュフローではなく損益に着目します。分割払いによりFFPに引っかかりにくなるといったことは基本的にありません。

選手を分割払いで獲得する場合

 

選手の売却益

次は選手を売却する場合です。移籍金50Mユーロで獲得した選手と年俸10Mユーロの5年契約を結び、4シーズン目の開幕前の移籍ウィンドウで移籍金50Mユーロで放出したとしましょう。移籍金は獲得時も放出時も一括払いとします。

キャッシュフローと人件費は表のとおりです。シーズンT+3に50Mユーロのカネが入ってくるのでキャッシュのインフローは50Mユーロとなります。一方、損益については資産価値が20Mユーロの選手登録権を売却して50Mユーロの移籍金を代わりに得るので、差額の30Mユーロを売却益としてシーズンT+3に計上します。

選手を一括払いで獲得して売却する場合

 

スタジアムの改修費用

最後にスタジアム改修の損益について見てみましょう。シーズンTの期首に「満期10年で利率5%のクラブ債」を発行して400Mユーロの資金を調達、同シーズン期末に改修工事が完了したとします。改修費用は400Mユーロ、スタジアムの償却期間は10年としましょう。キャッシュフローと損益は下の表の通りです。

スタジアムを改修する場合

 

クラブはシーズンTに改修費と利息を支払います。クラブ債で調達した資金を改修費に充てるので、シーズンTのアウトフローは利息分の20Mユーロになります。その後、シーズンT+1からシーズンT+9まで利息を毎年支払います。シーズンT+10の期首にクラブ債を償還するので同シーズンは利息が発生せず、400Mユーロがキャッシュのアウトフローになります。

損益はクラブが会計基準に従って計算する場合とUEFAがFFP-BreakEven/FSR-Stabilityの基準に従って計算する場合で事情が異なります。前者の場合、スタジアム改修にともなう費用は利息と減価償却費の合計です。一方、後者の場合は利息のみです。UEFAはクラブの長期的な発展につながるスタジアム改修を後押しするため、スタジアム改修にともなう減価償却費を損益計算から控除することを認めているからです。

 

3.事後対応か予防か?

FFPの仕組みを分類したり選手補強に与える効果を理解する上で、事後対応的な仕組みか予防的な仕組みかの区別は重要です。

事後対応的とは「既に終了したシーズンの会計情報を用いて審査したり罰則を科す」という意味です。罰則の適用で脅すことで赤字経営を防ごうとする仕組みともいえます。

予防的とは「当該シーズンやその後のシーズンの収益・費用の予想値を利用してクラブに制限を課す」という意味です。そもそも赤字経営の状態に陥らないように選手補強などにあらかじめ制限を課す仕組みです。

FFP-BreakEven/FSR-Stability/PL-FFP

いずれも事後対応的な仕組みです。FFP-BreakEven/FSR-Stabilityではあるシーズン(例えば、2022/23シーズン)におけるUEFA大会出場クラブを審査します。利用するのは直前3シーズン(2019/20, 2020/21, 2021/22)の会計情報です。各クラブは11-12月頃に書類を提出します。UEFAは翌年の春から夏に審査結果を公表します。審査に不合格となり、UEFA大会の選手登録数の制限や出場禁止処分といったペナルティを科されるとしても、その効果が生じるのは翌シーズン以降(2023/24シーズン以降)です。

事後対応的な仕組み(FFP-BreakEven/FSR-Stability)

 

PL-FFPの適用対象はあるシーズン(例えば、2022/23シーズン)にPLに所属するクラブです。FFP-BreakEven/FSR-Stabilityと同じく利用するのは当該シーズンを含む3シーズン(2020/21, 2021/22, 2022/23)の会計情報です。各クラブは3月1日までに当該シーズンの予想損益と過去2シーズンの会計書類を提出します。違反がある場合にはスポーツ司法の場で争いますが、当該シーズンの最終損益が明らかになるのはシーズン終了後の年末から年明けなので、スポーツ司法の場に進むのは翌年の3月以降になるようです*4

新オーナーの就任以降、チェルシーの市場破壊的な選手補強が大きな話題となっています。FFPが機能していないと批判する声もありますが、以上の説明より、事後対応的なUEFA-FFP/UEFA-FSR/PL-FFPではチェルシーの選手補強を直接的に取り締まれないことが分かります。今夏の移籍市場ではチェルシーはFFPに抵触するのを避けるため、積極的な選手売却に取りくむと予想されます。

コラム:エバートンの違反

2023年4月、プレミア・リーグはエバートンFCによるPL-FFP違反の容疑の審理を司法パネルに付託しました。その手続きについて簡単に紹介します。

パネル長は審理を担当する3名のメンバーを選任して委員会を立ち上げます。同委員会が非公開の場で審理を行い、審理終了後にプレミア・リーグが結果を公表します。裁定結果に異議がある場合、エバートンもしくはプレミア・リーグは上訴することができます。いずれかが上訴した場合、上訴パネルに付託されて同様のプロセスが繰り返されます。上訴パネル後は、手続き的に著しい不備があった場合にのみ英国内の裁判所に上訴できます*5

LaLiga-FFP

LaLiga-FFPは予防的な仕組みです。適用対象はあるシーズン(例えば、2022/23シーズン)にラリーガに所属するクラブです。ラリーガは、シーズンがはじまる前(夏の移籍ウィンドウが開く前)に、クラブから提出された新シーズンの予算計画に基づいて総人件費の上限を決定してクラブに通知します。

総人件費の上限を超える場合にはクラブは原則として選手を登録できません。*6 仮にチェルシーがラリーガに所属していたら、今シーズンのような選手補強は不可能でした。メッシのバルサ復帰が叶わなかったのもラリーガが定める総人件費の上限以内に収まらなかったのが原因です。

予防的な仕組み

 

FSR-CostControl

FSR-CostControlは事後対応的な側面と予防的な側面をあわせもつ中間的な仕組みです。適用対象はあるシーズン(例えば、2023/24シーズン)にUEFA大会に出場するクラブですが、審査に用いるのは当該暦年における会計情報です(2023年)。

中間的な仕組み

 

夏の移籍市場の時点でグループステージにストレートインするクラブは当該暦年における収益・費用の見通しがかなり立ちます。違反した場合の罰金の金額についても基準が明示されています。2025/26シーズン以降、各クラブは夏の移籍市場において「総人件費を総収益の70%以内に抑える」ように立ち回る必要があります。

FFPの分類

以上の説明を整理する下の図のようになります。UEFAは、UEFA-FSRへの改正により、1) 既存・新規オーナーによる投資を呼び込むためにFFP-BreakEvenをFSR-Stabilityに緩和する一方で、2) 今までよりもクラブ財務の悪化に予防的に対応可能なFSR-CostControlを新たに導入した、と捉えることができます。

FFP の仕組みの分類

 

4.おわりに

この記事では、ひとくちにFFPといってもUEFAの仕組みからプレミアリーグ、ラリーガの仕組みまで色々とあることと、それぞれの特徴について解説しました。移籍オペレーションやクラブ経営に与える影響はそれぞれの仕組みで異なりますが、なかでも事後対応的か予防的かという視点は重要です。そうした視点をもつだけでも今までとは見え方がまったく違ってくるでしょう。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

おまけ:より詳しく知りたい人むけの記事

UEFA-FFP & UEFA-FSR

LaLiga-FFP

 

*1:NBA等ではぜいたく税と呼ばれたりするので罰金という呼び方は必ずしも適切ではないかもしれません

*2:40%ルールという特例措置により上限を超えている場合でも一定の範囲内で選手登録をすることは可能です。

*3:この記事では触れませんが正のキャッシュフローをうまないフットボール・クラブの企業価値の算定は非常に難しい問題です。

*4:過去に違反が問われたのが先日のマンチェスター・シティとエバートンの2件しかないため、違反が疑われた場合のプロセスについてはメディアも含めて詳細は不明です。

*5:スポーツ仲裁裁判所(CAS)は利用できません。

*6:総人件費の上限を超えていた場合でも選手の売却や契約解除により総人件費を削減した場合には、削減した分の40%の範囲を新規に選手を獲得したり契約更新できるという通称40%ルールがあります。いずれにせよ移籍オペレーションを厳しく制限するのは間違いありません。