ラリーガFFPの改正とその影響

ラリーガFFPの規則改正

カタールW杯で盛り上がっていた頃、ドバイでラリーガの会合が開催され重要な規則改正が行われたことをご存じでしょうか?

メッシの退団や2022年夏のレバー発動の原因ともなったラリーガFFPの規則改正です*1

バルセロナは4つのレバーを発動して大型補強を実現しました。その後、CLのグループステージ敗退やグリーズマンの買取OPをめぐる仲裁裁判での敗訴があり、再びスカッドコスト(Squad Cost: SC)がスカッドコスト上限(Squad Cost Limit: SCL)を超過する状態(いわゆる25%ルールの適用対象)へと戻ってしまいました。こうした状況は当然望ましくないのですが、先日のラリーガFFPの改正はそれらを遥かに上回る影響をバルセロナの経営にもたらします。

記事の内容

この記事では、最初にラリーガFFPについて簡単に解説します。その後、ルール改正のポイントと、2023年夏のバルセロナ移籍オペレーションに与える影響について解説してみたいと思います。

 

1.改正前のルール

改正前のラリーガFFPの内容について簡単に解説します。詳細を知りたい方は以下の記事をご覧ください。

(1) スカッドコストの管理

ラリーガFFPはSCをSCL以下に抑えることで各クラブの財務的安定性を担保する仕組みです。SCがSCLを超過しているクラブは、新たな選手との契約や在籍選手との (昇給をともなう) 契約延長が原則認められません。25%ルールと呼ばれる厳しいルールが課す条件をクリアする場合にのみ選手獲得や契約延長を認められます。

SCはトップチームの総人件費です。選手や監督に支払う給与・ボーナス・肖像権対価と選手登録権(いわゆる移籍金)の減価償却費の合計金額になります。SCLは収支が赤字にならない総人件費の上限を意味します。シーズン開始前に各クラブから提出された予算計画に基づいてラリーガが決定します。SCLの基本的な考え方は下の図の通りです。

図1 SCLの基本的な考え方

 

実際のSCL決定ルールはもう少し複雑です。以下の3つの項目をSCLの計算で使用します(図2)。

  1.  過去2シーズンの利益/損益
  2.  前シーズンのSCがSCLを超過した場合のペナルティ
  3.  増資による資本注入

図2 SCLの決定ルール

 

(2) 25%ルール

通称25%ルールはSCがSCLを超過するクラブに適用されます。同ルールの適用対象になると「シーズン開始時点のSC(初期SC)から契約解除・ローン移籍・完全移籍などによって削減したSCの総額と当該シーズンの選手売却益の合計金額の25%」の範囲内でしか新しい選手を登録したり既存選手と契約延長できません*2

例を使って説明しましょう。あるクラブのシーズン開始時点のSCLとSCがそれぞれ100Mユーロと150Mユーロだったとしましょう。SCがSCLを超過しているので25%ルールが適用されます。その後、移籍オペレーションを通じて50Mユーロ分のSCを削減、選手売却により30Mユーロの利益を生み出したとしましょう。この時、(50+30) ×0.25 = 20 より当該クラブはSCの増加額が20Mユーロ以下であれば新しい選手を登録できます。移籍金は減価償却費として処理されるので、例えば、移籍金50Mユーロで新しい選手を獲得して年俸10Mユーロの5年契約を結ぶことができます。

2.4つのレバーの効果

2022年夏、バルセロナは25%ルールの呪縛から抜け出すために4つのレバーを引きました。SCL決定ルールに対する理解を深めるため、4つのレバーの効果について見てみましょう。

(1)レバーを引かなかった場合

2022年2月、バルセロナの2021/22シーズンのSCLはマイナス144Mユーロであると報じられました。総人件費の上限がマイナスというあり得ない数字なので記憶されている方も多いでしょう。

この状況は図3の上段で表されます。2020/21シーズンの記録的赤字と同シーズンのSCL超過ペナルティの影響で2021/22シーズンのSCLはマイナスになると発表されました。レバーを引かなかった場合は2021/22シーズンを赤字で終えていたため(図3中段)、2022/23シーズンのSCLは更に悲惨な状況(より大きなマイナス)となっていたはずです(図3下段)。

図3 レバーを引かなかった場合

 

(2)レバー1の効果

この状況に対し、バルセロナは6月にレバー1を引きました。放映権の売却益により2021/22シーズンの損益が改善し(図4中段)、同シーズンの最終的なSCLがマイナスからプラスへと転じました(図4上段)。最終的にSCがSCLを超過していたことには代わりないのですが、超過額が減ったので2022/23シーズンに課されるペナルティが減りました。結果として2022/23シーズンのSCLは大幅なマイナスからプラスへと改善しました(図4下段)。

図4 レバー1の効果

 

(3)レバー2からレバー4の効果

レバー1が引かれたものの2022/23シーズンのSCはSCLを依然として超過しています。ここで、バルセロナはレバー2からレバー4を立て続けに引きます。その結果、2022/23シーズンのSCLが656Mユーロにまで増加し、レバンドフスキらの大型補強へとつながりました(図5)。

図5 レバー2からレバー4の効果

 

3.ルール改正とその影響

ラリーガFFPのルール改正のポイントとして 1) 40%ルールへの変更、2) レバーの売却益の処理方法の規定追加、3) 損失と利益の繰越方法の変更、の3つがあげられます。それぞれについて見ていきましょう。

 

(1)25%ルールの変更

2020年と2021年はCOVID-19の影響により欧州サッカー界で移籍市場が大きく停滞しました。中でもラリーガの移籍市場が一番大きく縮小したことが下の図から読み取れます。

図6 5大リーグの移籍金額の推移(暦年)

 

その大きな要因の1つは間違いなく25%ルールです。25%ルールの適用対象となったクラブは移籍オペレーションを厳しく制限され、クラブ経営にもさまざまな支障が生じていました。おそらくラリーガは移籍市場での取り引きを必要以上に抑え込まないようにする必要があると判断したのでしょう。25%ルールを以下の通り改正しました。

  • これまでの25%の制限を40%に緩和する初期SCの5%以上を占める選手の退団で削減したSCについては33%から50%へと緩和する。(注:2023年6月に再度改定され、現在は40%から50%にさらに緩和されています。初期SCの5%以上を占める選手の退団で削減したSCについても50%から60%へとさらに緩和されました。注:選手売却益は引き続き25%です。)
  • 従来は25%ルールの適用対象クラブの選手登録の可否を「移籍オペレーションを通じて削減した当該シーズンのSC」と「新たな選手を登録する場合に増える当該シーズンのSC」の比較で判断していたが、改正後は「削減した当該シーズンと翌シーズンのSC」と「新たに増える当該シーズンと翌シーズンのSC」の比較に基づいて判断する。
  • 改正前は契約解除・完全移籍・ローン移籍で発生した利益と損失の合計を売却益としていたが、改正後は利益のみを売却益として扱う。

あとの議論とは直接関係しないので詳細に触れませんが、上記の改正により選手獲得や契約延長が改正前より行いやすくなります。

 

(2)レバーによる収益の処理

将来の収益を犠牲にして目先の収益や利益を増やすビジネスモデルは持続可能とはいえません。当面の資金を増やすために将来放映権を手放したバルセロナのレバーも同様です。ラリーガはこの問題に対処するため、FFP規則を以下の通り改正しました。

  • 将来放映権の売却による収益を新シーズンのSCL決定時に使用する前シーズンの利益計算に含めない
  • 将来放映権の売却による収益を契約期間内で比例配分する(投資支出の減価償却と同様の処理)。新シーズンに計上する収益の上限を過去3シーズンの平均収益の5%とする。

レバーの処理をめぐる2つの改正により、2023年夏のバルセロナは大変厳しい状況に追い込まれると予想されます。4.でじっくり考えたいと思います。

コラム:会計処理の難しさ

ラリーガFFPでは、将来放映権の売却により短期的な収益や利益を増やす経営を想定していませんでした。そのため、2022年夏にバルセロナがレバーを引いたときにラリーガとの間で会計処理をめぐる見解の相違が発生しました。テバスがバルセロナを虐めていると騒ぐクレもいましたが、会計基準は完全なマニュアルではなく解釈の余地が常に残ります。今回の改正では「ラリーガFFP規則に規定がない場合にはスペイン会計基準に従うことを原則とするが...ラリーガFFP検証機関が本規則の精神を踏まえて修正を命じることがある」という趣旨の文言が追記されました。

 

(3)損失と利益の繰越方法

改正前は過去2シーズンの赤字や黒字をSCLの計算に用いていましたが、規則改正により、赤字や黒字をSCLの計算に適用した場合にSCとSCLの乖離が広がるような場合には適用を見合わせることとなりました。例えば、前シーズンの赤字をSCL計算に使用しなくても新シーズンの初期SCがSCLを超過する場合には赤字を適用しません。その代わり、損失と利益を期限を定めずに繰り越し、SCL計算に適用した時点で滅失処理することとなりました。

4.ルール改正の影響

(1)ルール改正前のSCL

改正前のルールのもとでのバルセロナの2023/24シーズンのSCLについては以下の記事で考察しています。

記事内では、現時点では不確定である2022/23シーズンの決算や2023/24シーズンの予算収益についていくつかの仮定を置いたうえで、2022/23シーズンのSCLが689Mユーロになると試算しています。

2022年9月に発表された2022/23シーズンのSCLより微増となっていますが、その最大の要因はレバー2です。バルセロナは今後25年間の放映権収益15%の売却による収益が400Mユーロであると発表しました。この収益をSCL計算でどのように扱うべきかバルセロナとラリーガの間で意見の相違があったようですが、いずれにせよ巨額の収益なので2022/23シーズンの決算は間違いなく大きな黒字となり、これが2023/24シーズンのSCLを大きく引きあげます(図7)。

図7 ルール改正前の2023/24シーズンのSCL

 

(2)ルール改正後のSCL

ルール改正の影響は大きく2つあります。1つ目は、2022/23シーズンの黒字をSCL計算に含めることができなくなる点です。2023/24シーズンのSCLが改正前より大きく減少します。

ルール改正前の2023/24シーズンのSCLの試算結果は689Mユーロでしたが、図7からも分かるとおり、275Mユーロの黒字が大きく寄与しています。それを取り除くとルール改正後のSCLが414Mユーロにまで減少してしまいます。

2022/23シーズンのバルセロナの予算は下の図のとおりです。スポーツ部門の総人件費は656Mユーロもあります。ピケの現役引退やブスケツの退団(可能性)により一定程度の総人件費圧縮が可能とはいえ、2023/24シーズンの初期SCはSCLを大幅に超過しそうです。

図8 2022/23シーズンの予算

 

ルール改正の影響の2つ目は、レバーの発動による短期的なSCLの増加という手を打てなくなった点です。バルセロナは2022年のソシオ総会でBLMの経営権の一部売却について既に承認を受けています。SCLを緊急に増やす必要が生じた場合には新たなレバーを引くことを考えていたはずです。しかしながら、今回のルール改正により、BLMの経営権売却というレバーは封じられてしまいました*3

(3)有力選手の放出はあるか?

以上で見てきたとおり、今回のルール改正によりバルセロナは2023/24シーズンに大変厳しい状況に追い込まれれると予想されます。初期SCがSCLを大きく超過すると見込まれる上、レバーという禁じ手まで封じられてしまったからです。

バルセロナはSCを減らすと同時にレバー以外の方法でSCLを増やしていく必要がありますSCを減らすにはサラリーの高額なベテラン選手の放出や減給が有効です。一方、SCLを増やすにはマッチデイ収入やスポンサー収入を増やす経営努力が求められますが、特に重要なのは移籍市場でうまく立ち回り選手売却益を生み出すことです。

選手を売却する場合、2023/24シーズンの開始前に行われることが望ましいです。スター選手を多く抱えるバルセロナといえど巨大な売却益を生み出せる選手は限られています。2022/23シーズンが閉じる6月30日までに思わぬ選手が放出されるかもしれません。いずれにせよ2023夏の移籍ウィンドウでは再びバルセロナが大きな注目を集めることになるでしょう。

5.おわりに

今シーズンのバルセロナはラリーガでは好調を維持し、レアルマドリードと激しいタイトル争いを繰り広げています。しかしながら、ピッチ上での成功を通じて全ての問題の解決を図る "The Virtuous Circle" の実現に向けた道は大変険しそうであり、今後の展開がとても気になる所です。引き続きバルセロナの動向をモニタリングしていきたいと思います。最後までお付き合いいただきありがとうございました!

 

*1:改正後のラリーガFFPの規則(英語版)はこちらで確認できます。

*2:初期SCの5%以上を占める選手のSCを削減した場合には削減額の33%までを新規選手契約に用いることが認められます。

*3:バルサスタジオやBLMのような連結子会社の経営権売却の場合、将来放映権収益の売却とは取扱いが異なりレバーをもしかしたら引けるかもしれません。